萱の穂
槽の中の楮の繊維をすくい上げて紙をつくる道具にカテと簀(ス)があります。高野紙の簀は竹ではなく、萱の穂でできています。中坊さんの納屋にも萱の穂がつりさげられていました。
その昔、秋の彼岸頃、高野山から立里荒神の手前の水ヶ峯あたりで、それらを採取したようです。
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江戸末期からおいおい傘紙の需要が増し、明治時代にその最盛期をむかえ、年産額二万しめ(約五万貫=180㌧)を越す状態となった。これに要する原料のこうぞは約十三、四万貫(480~520㌧)、そのうち自家生産は約二万貫(75㌧)、不足分は長谷毛原や近村にもとめ、遠く四国、山陰地方からも仕入れた。
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