高野紙十郷と紙すきえびす講
高野紙の生産は、高野山のふもとの「高野紙十郷(笠木・上古佐布・中古佐布・下古佐布・椎出・河根・東郷・西郷・西細川・東細川)」でおこなわれました。これら高野十郷が「紙すきえびす講」を組織しました。それは高野紙の生産組合でもあり、「えべっさん」を祭り、または参詣する同行者で組織された団体でもありました。紙すきえびす講には、一郷から村役人が二人ずつが出て、毎年正月十日と十月十日の二回、各郷まわりもちで会合を開きました。古沢厳島神社で「えびす神」をおまつりし、紙すきの繁盛を祈ったようです。
紙すきを守るため、すき始めは寒の入りの前後、すきどめは八十八夜前後の日を定め、製品の量を調節し、粗製や不正な荷造りをいましめ、紙や楮の売買についての申し合わせをしました。
紙すきの技を他の村の者に伝えないという定めをかたく守り、結婚も十郷内で行われ、もし他の村の者と縁組をすれば、紙すきの技を教えないという起請文を書かせたということです。
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