高 野 紙 見 聞 録

昭和62年・63年 名匠 中坊佳世子さんが抄造する高野紙の記録
 高野紙の製法を弘法大師から教えられた、と里の人々は信じています。
  かつて高野山のお寺の経本などに用いられ、繁栄を誇ったのは、もう語り草‥ 
 ここに、またひとつ、美しい伝統が消え去ろうとしています。
  ひょっとすると、これが滅亡寸前の高野紙の最終リポートになるかもしれません。
 

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黒谷和紙

黒谷和紙 自坊の古い版木(江戸時代)を竹中健司さんに摺っていただきました。

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二俣紙

二俣紙(加賀奉書)作家 斉藤 博さん  石川県金沢市近郊、医王山の麓、二俣で作られる手すき紙を「二俣紙」といいます。
二俣は古きよき山村の面影を今に残しています。

 二俣紙の始祖は、白山信仰で知られる泰澄大師といわれています。藩政時代、加賀藩御用紙(加賀奉書)のすき場として発展したようです。

 最盛期320軒あった紙すきの家も、いまでは3軒を残すまでとなりました。

 加賀奉書の作家として名高い斉藤博さん曰く、

 「伝統工芸なんて言われるが、漆器や陶器なんかとは違って、本来、和紙は作品と呼べるものじゃない。使われることで真価がわかる。あくまで素材だよ」

 ところが、どっこい、それは極上の素材! まちがいなく最高級品です。

 かつて、金沢市の二俣は献上紙漉き場として加賀藩の庇護を受け、加賀奉書、杉原紙、高壇紙など高級な公用紙が漉かれていたそうです。このほか県内には金沢市の「西ノ内紙」、川北町の「雁皮紙」、輪島市の「画仙紙」などもあるようです。

 おりをみて、石川県の紙すきも見学させていただきたく存じます。 

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